プロジェクト概要

1.輪島市町野町について  

輪島市の東部地区の町野町は人口2000人ほどの小さな集落である。

壇ノ浦の戦いで敗れて能登に流れ着いた平 時忠の子孫である時国家が一次産業を中心にこの地を反映させ、北前船によって全国を行き来していた。そののちも海や山の地形を利用して協力協働の営みが継続され、住民は大変穏やかな田園風景が広がる地域を愛し生活していた。

しかし、2024年1月の能登半島地震と9月の洪水により、これまでの人の絆が分断され協力協働の営みが途絶える。

いったんどん底を見た住民がここからどう立ち上がり、能登人としての絆を再構築し、長い歴史の中で困難を乗り越えてきた自主自立の精神をどう行動力につなげるかが問われた。

その活動の一歩一歩が、意欲と自信を甦らせ、本来の健康的な生活を取り戻すことができるものと考える。

このことが実現して初めて心の復興とも言える。

 

2.災害後の状況

人口2000人のうち1200人が他の以外の地域に移り、みなし仮設等で生活しており、町野に残る住民は800人ほどである。その800人のうち自宅に生活できる住民は100人ほどで他は仮設住宅で生活している。

公費解体はほぼ終了し、住家や納屋等建物全体の8割ほどは解体された。

2025年10月時点での住宅の再建状況はまだ7棟ほどであり、被災者公営住宅も未着工である。

再建が進まない理由は、震災前は坪単価70万円ほどの建築費用が、災害後は高騰し坪単価150万から200万となり、20坪平屋の住宅でも3000万から4000万となったため、再建支援金を利用しても手が届かない状況である。特に年金暮らしの高齢者はローンも難しいためあきらめざるを得ない状況がある。また、店舗や工場の解体、仕事を失った人等将来の見通しが持てない状況での高額な再建費用は負担となっている。

また、これまでの人と人のつながりを大切にして、そのことが生きる支えとなっていた絆が分断されている。見知らぬ地でのみなし仮設の生活で孤独感が増したり認知症や病気の悪化を訴えたりする人や、地元仮設住宅であっても窮屈な部屋でのストレスやこれまでの友人との別離による不安感を持っている住民が多い。それに加え、仮設住宅の居住期間は3年であるため、あと1年余りとなった満期後の生活に見通しがない不安が増大している。

3.課題

絆の再生

コミュニティハウスを建設し、だれでも自由に活用できる憩い場とし、いろんな人が集うことで失われた絆を再生し、安心と意欲を掻き立て、前向きに明日を考えられるよう元気になってもらう。

「方法」

コミュニティハウスの活用は(友人との再会、子どもの遊びや学習場、談笑、体験、教室、カフェ、販売、イベント、発表会、説明会、休憩、後援会、避難所。)などとし、想像的な発想を意欲につなげていく喜びを感じてもらい、自主的な運営の経験をまちづくりにも生かしてもらう。

住宅の再建

高騰する現在の再建価格より安価な住宅を、住民やボランティアの力で自力再建し、自分の家を設けることで安定した生活基盤を確立する。

「方法」

まずコミュニティハウスを自力建設し、どの程度建設費用の削減ができるかを実証実験する。そのためには地元木材の伐採による補助金活用や、住民やボランティアによる作業での人件費削減を行う。ただし、素人には危険な作業や難しい施工は地元業者に委託し、地元循環型の生業の再生も目指す。また、伐採から建築で素人でも可能な作業はスタッフが必要な講習や免許を取得し安全を確保して行う。被災者住宅の再建費用は、補助金や義援金で賄える 経費を目指す。

4.「家建てっぞぉー」プロジェクト -医者いらずの町を目指してー

本プロジェクトの主体は、医療法人山桜会である。山桜会は町野町唯一の診療所の医師 大石 賢斉を代表とする法人で、大石医師は二度の災害では町中を駆け回り住民の診療に尽力した。

ただし、災害の爪痕は大きすぎて診療所だけの医療では住民の健康を維持出来ないという思いで、毎日診療後は町の泥上げや清掃などをはじめとするボランティア活動に明け暮れ、一人一人に声を掛けながら、住民の不安や負担を取り除いていく。

大石医師をはじめその活動を進める人たちの姿を見た人が、また新たな支援者をくちづてに増やしていき、大きな支援活動へと発展していった。

今回のプロジェクトは、泥上げや清掃活動から次の段階として必要な、住民の絆の再生と被災者住宅の再建であり、「家建てっぞぉー」と呼びかけながら、住民が主体的に自主自立の活動自体を楽しみ、将来に意欲を持つことで心が満たされ元気になることを目的としたものである。

そのような状態になればストレス等による病気も減少するであろうという意味から、副題を、「医者いらずの町を目指して」とした。

5.現在の活動状況

活動資金として、休眠貯金助成事業に応募し今年9月に申請が採択された。現在その運営の具体を伴走者のカタリバやREADYFORと連携しながら、助成金の効果的な運用について学習を積んでいる。

建築物はログハウスとし、耐震や断熱効果が確実な工法を使う。

また、建設という危険をはらむ作業の安全を確保するため、スタッフの及び応援者の木材伐採や建築に必要な免許取得を行っている。

実際の建設活動には、子どもたちにもできる範囲で関わってもらい、町の復興のために自分も活躍できる体験をしてもらうためのカリキュラムも作成していく。子どもは将来の貴重な人材でもあり、このピンチを大人たちと共に乗り越えていく体験はこの地に誇りを持ち将来の基盤になっていくはずである。

<作業工程>

・地元町野町での伐採可能な場所の選定

・伐採地での伐採実技講習、伐採運搬

・地元製材所へ搬入

・製材木をログ用プレカット工場へ搬入

・建設地の地盤調査後基礎工事、浄化槽配管工事

・プレカット材の組み立て、施工、電気等の工事。住民やボランティアの参加。

・完成後、コスト削減策の説明会及び住宅再建に向けての希望調査

 

6.社会的波及効果

コミュニティハウス自力建設から被災者住宅自力再建は、町野地区に限らず同じように被災した地域や今後被害を受けるかもしれない地域でのモデルとなることも目標とする。自治体の支援など受け身的な支援も必要ではあるが、被災住民自らも主体的に復興に携わっていく大切さや喜びを伝えていきたい。

7.支援者の募集

このプロジェクトに関心を寄せていただく方を増やすため。講演会、インスタグラム、ホームページの開設準備を行っている。また、建設段階では実際に作業をしていただくボランティアを募集する。

事業資金は、助成金では足りない部分(重機や建設機械の購入費の一部)をクラウドファンディングや寄付等でお願いしていく。

このような支援者が増えることで、さらに人のつながりが大きくなり、何より思いを寄せる方々に心が温まることがうれしい。また、二拠点居住者や移住者等の増加も期待でき、地元活性化につながるものと思われる。

8.これまで関わってきた活動の流れ

 

2024年

2月 町の復興プロジェクト発足 (地元住民有志の復興活動)

4月 桜フェス

5月 大川浜開イベント、町のマルシェ

8月 町野5千人の祭典

   キャンドルイベント

   真裏ビーチクリーン

9月 まちなじボランティア開始 (洪水後の地元民間ボランティアセンター) 

   ※まちなじボランティア参加数延べ 3391名、

    町プロLINE登録者数644名

    ボランティア活動は現在も要請があれば対応している。

11月 食と音楽交流会、まちのんピック開催

12月 クリスマス会 まちなじボランティアセンター閉鎖 

2025年

1月 追悼キャンドル点灯会、町プロ交通開始

2月 町野ラジオ試験放送

4月 桜フェス

5月 大川ビーチクリーン

8月 町野5千人の祭典 (雨のため中止)

9月 町野花火大会